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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)715号 判決 1984年11月26日

原告 葛野大路工務店こと 伴達明

右訴訟代理人弁護士 戸倉晴美

被告 株式会社京都相互銀行

右代表者代表取締役 笠松斉

右訴訟代理人弁護士 北村巌

右同 北村春江

右同 古田子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告

1. 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同旨の判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求の原因

1. 原告は、訴外有限会社さか藤振出の別紙一の手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という)を所持している。

2. そこで、原告は、昭和五六年五月二二日頃、株式会社である被告に対し本件手形の取立を委任する旨申込んで、右手形を交付したところ、被告は右申込を承諾し、かくして、右の頃、原告と被告間に本件手形の取立委任契約が締結された。

3. ところで、右手形交付の際、本件手形の第一及び第二各裏書欄には、裏書人として別紙二の裏書の記載内容記載のとおりの記載があったが、被裏書欄には何らの記載もなく、白地であった。

4. このように、手形の被裏書人欄が白地であるような場合は、取立委任を受けた被告において、右白地欄を補充して裏書を連続させた上、取立のための呈示をしなければならない義務がある。すなわち、被告としては、この場合、本件手形の第一裏書欄に被裏書人として原告名を記入しなければならなかったものである。

5. しかるに、被告は、右の頃、別紙二の裏書の記載内容記載のとおり、本件手形の第一裏書欄に、一旦、被裏書人として、被告名を記載したのち、これを二本線で抹消して、その上に被告名の押印をなし、誤印一六字抹消と記入した上、伴達明(原告名)を記載し、第二裏書欄に、被裏書人として、取立委任に付株式会社京都相互銀行(被告名)と記載して、その支払期日の昭和五六年七月三日に、右手形をその支払場所(京都中央信用金庫丸太町支店)に支払いのため呈示した。

6. ところが、右呈示を受けた訴外京都中央信用金庫(丸太町支店)は、裏書不備を理由に本件手形の支払いを拒絶した。

7. 被告がなした前記5の裏書欄の記載は、被告の過失によるものであって、この記載は、裏書の連続を欠くものである。そうすると、右信用金庫の右支払拒絶は正当である。

8. その後、原告は、本件手形の振出人及び裏書人に対し本件手形の手形金の支払請求を続けたが、右振出人らは、被告の前記裏書人欄記載の過誤をいいつのって、支払いに応じず、ほどなくして、いずれも倒産して、その各代表者は行方不明となり、かくして、原告は、右振出人らから本件手形の支払いを受け得なくなった。

9. もし、被告において前記5記載のとおりの裏書人欄の記載の過誤がなかったならば、原告は、本件手形の支払期日(昭和五六年七月三日)にその支払いを受け得たものである。

10. そうすると、被告の前記取立委任契約に基づく債務不履行に因り、原告は、本件手形の手形金三〇〇万円相当の損害を蒙った。

11. よって、原告は、被告に対し、右損害金三〇〇万円及びこれに対する本件手形の支払期日の翌日の昭和五六年七月四日から完済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求の原因に対する被告の認否

1. 請求の原因1の事実は不知。

2. 請求の原因2、及び3の各事実は認める。

3. 請求の原因4の事実は否認する。

被告としては、本件手形の被裏書人を白地のまゝ呈示すれば足り、取立受任者原告主張の補充義務はない。

4. 請求の原因5、及び6の各事実は認める。

5.(一) 請求の原因7ないし10の各事実は否認する。

(二) 被告は、本件手形の第一裏書の被裏書人欄に、被告名のゴム印を押印したので、その誤ったゴム印の上に横線を引いて何度も第一裏書人の有限会社京和(以下「京和」という)の訂正印を求めた。ところが、京和は、原告から右訂正印の押印を差止めされているとしてこれに応じなかった。そこで、被告は、原告に、京和に対し右訂正印を押印するよう申出てほしいと要請したが、原告は、表向き被告の要求に応じているかのごとき態度を示しながら、裏では京和に訂正印を押印しないよう求めたため、支払期日までに京和の訂正印の押印を受けることができず、被告は、やむなく右訂正部分に「誤印16字抹消」と記載し、被告銀行印を押印した上で原告名を記載して、本件手形の交換呈示をしたが、その支払いが拒絶された。ところで、右のように被裏書人欄の補充を誤ったときは、次の(1)ないし(3)の判例に照せば、誤った被告がその誤りを抹消し自ら被告の訂正印を押印して訂正すれば足りると解される。

(1)  受取人白地の手形を譲受けた者は同時に白地補充権を取得する。最高裁昭和三四年八月一八日第三小法廷判決。

(2)  A振出、B受取手形を譲受けたCから取立委任を受けた銀行がBの裏書の被裏書人欄に誤って本件同様銀行名を記入したが、これを訂正したときは適法な呈示で、CはBに遡求権がある。名古屋高裁昭和三〇年一月一七日判決(高裁民集八巻一号)。

(3)  被裏書人の氏名の抹消は抹消部分のみの記載がないものとして白地裏書となる。大審院昭和六年五月二三日判決(新聞三二八一号一一頁)。

そうすると、被告がなした裏書欄の記載は、裏書の連続を欠くものでないから、裏書不備を理由に本件手形の支払いを拒絶した京都中央信用金庫(丸太町支店)の措置は不当である。してみれば、仮に、原告がその主張の損害を蒙ったとしても、それと被告の右裏書の記載との間には相当因果関係がない。

6. 請求の原因11は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、成立に争いがない甲第一号証によれば、請求の原因1の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二、そして、請求の原因2、3、5、及び6の各事実は当事者間に争いがない。

三、ところで、記名式裏書の記載のうち被裏書人の表示のみが抹消された場合には、手形法一六条の裏書の連続による資格授与的効力に関しては、その抹消者の抹消権限の有無を問うことなく、右抹消部分のみの記載がないものとみなされるべきであると解するを相当とする。思うに、裏書の連続は、もっぱら手形の記載を手がかりにして外形的にその存否を定むべきであるから、この場合右抹消者の権限の有無を考慮すべきでなく、抹消せられた部分のみの記載がないものと認めるのが自然であって、一般の観念に合致し、手形流通保護の要求からみても適当であること、手形法一三条二項には、白地裏書における被裏書人非指定の方法として抹消の方法を排除していないので、同法一六条一項に規定の抹消したる裏書とは裏書人の署名の抹消のみをいうと解すべきであること、本見解によれば、無権利者による手形の不正利用の危険を黙視するとのそしりは免れないが、他の場合(偽造裏書等)に比較してこの場合の不正利用の可能性が特に大きいとは認め難く、前記有益な諸点を重視せざるを得ない限り、右危険はやむを得ないものとして容認せざるを得ない事柄であることなどを考慮すると、本見解が相当である(大審院昭和二年六月一四日判決民集六巻六二九頁、同昭和六年五月二三日判決新聞三二八一号一一頁、同昭和一〇年六月一二日判決新聞三八五三号一八頁、各参照)。

四、そこで、右の見解に立脚して本件を見るに、前記当事者間に争いがない本件手形の別紙二の裏書の記載内容における裏書の記載は、抹消部分の抹消者の権限の有無を問うことなくして、裏書の連続があるものと認められるので、その第二裏書欄記載の被裏書人の被告には本件手形の支払いを受け得べき正当な権限があるものとみなされるものである。そうすると、裏書不備を理由に本件手形の支払いを拒絶した京都中央信用金庫(丸太町支店)の措置は、適切を欠き、不当であるものといわなければならない。してみれば、仮に、請求の原因8、及び9の各事実があって、原告がその主張の損害を蒙った事実が認められるとしても、右損害と前記判示の被告のなした本件手形の裏書の記載行為(請求の原因5記載)との間に相当因果関係があることは認め難いものである。さすれば、その余の点につき検討を加えるまでもなく、原告の請求は理由がない。

五、よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

<以下省略>

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